サルデーニャ便り

イタリア・サルデーニャ島から、あれやこれやの徒然日記をお届けします
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パスクアの小旅行 - その4 -


 怒濤(笑)のパスクア・パスクエッタを終え、Rupestrで過ごすのは残り一日。何はともあれ、クリスティーナの
 お墓参り。イタリアでに私もマンマ、料理の師匠のクリスティーナが亡くなってこの9月で4年?早!
 今でもRupestrに来ると彼女が待っててくれるように思う。実際、大きな肖像ががお出迎えしてくれるしね。

 お墓参りをすませて今度はアスティまで車で行き、列車でトリノへ。トリノにはサルデーニャの友達が3年程前
 から移り住んでるので彼女に会うために。トリノ、そんなに知ってるワケじゃないけど、中心地は京都のように
 碁盤の目になっててわかりやすい。お天気も良くなって散歩してても気持ち良い
 今回、列車で来てみて駅がきれいに変わっててびっくり、と言ってもまだ工事中だったけど。

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 さてさて夜はみんなで集まってご飯を食べ、今回の旅の目的はすべて終了ー。

 最終日はカネッリィから一気にベルガモに向かう。飛行機の時刻まで少し時間があったからベルガモをほんの
 チラッとだけ散歩して、家路へと急ぐ・・・ったって、カリアリから列車でオリスターノへ移動したんで私ひとり
 急いだって物理的に無理だったわ

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                       ベルガモの町。

 おわり

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パスクアの小旅行 - その3 -


 おぉ、ボヤボヤしてたら5月に入ってたよー!で、旅話つづきです。

 雨の中、ピネローロから最終目的地のカネッリィへ!2年ちょっとぶりかな、のRupestr。
 明くる日がパスクアということでみんなその準備で大わらわ。う〜ん、やっぱり手伝わないといけない感が
 ヒシヒシ・・・。

 ということでパスクア、パスクエッタはビッシリとキッチンに張り付いてたわ、案の定・・・。まぁ、私も
 お客さんしてるよりみんなと居られるし、気が楽だけどね。

 パスクアは何とか晴れ間もあったけど、パスクエッタは雨・・・で寒かった〜!
 思い起こせば14年前の4月に初めてここに来て、すぐにパスクアがあり何もわからないままバタバタ手伝って
 たなぁ〜。ちょうどそのときも寒くって暖炉を焚いてたのを鮮明に覚えてる。まさかあの時はこのままイタリアに
 住み着くなんて思いもしてなかったー、ピエモンテからサルデーニャには変わったけど!

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 パスクアは約80人、パスクエッタは約50人。キッチンもフロアもバタバタ!
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 キッチンの窓から(左上) 最近きれいになった地下のカンティーナ(左下)
 最後の日、みんなでご飯食べようと友達の孫たちも手伝って料理作り(右下)

 ちょっとずつみんな状況は変わってるけど、会えば一緒に居た頃のように戻れるし、イタリアでもふるさとが
 あるって感じで幸せだよねー、私

 もうちょっとつづく。

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パスクアの小旅行 - その2 -


 ミラノを後にし、向かった先はトリノ郊外にあるピネローロという町。
 去年、一緒に日本を駆け巡った 笑 ジャンカルロが住む町で最終目的地のカネッリィにも近いから会いに行こう〜と
 思ってやって来た。けど、何があるのか、どんな規模なのか、まったく知らない初めての町!で、ジャンカルロと
 娘のイラリアに生憎の曇り〜雨模様の中、案内してもらう。

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 ピネローロのドゥーモ(左上、右下) 高台からは町が見渡せる・・・ということは坂の町

 思ってたより広く、コッツィエ・アルプス山脈の麓にある町、ピネローロは自転車競技のジーロイタリアで何回か
 スタートとゴール地点になったことがあるそう。また、乗馬競技や国際的な馬のコンクールが毎年行われることでも
 有名だとか。

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 ピネローロ独特のケーキ(右上のチョコケーキ) 
 シネマ、と看板が残った建物はショッピングセンターに。中には名残りの映写機(下)
 
 スポーツだけでなく、17世紀にフランスからの囚人がピネローロ監獄に送られたそうだがその囚人は常に鉄の仮面を
 着けていたという伝説も有名で、毎年10月にその記念祭がある。その他、1808年にあった大きな地震により多くの
 建物が崩壊し、それ以前のままで残っている建物はひとつだけ、などなど、ふたりがいろいろ説明してくれ、一端
 わかったような気になったりして・・・笑

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 高台にあった建物はカテドラーレと教会が何故かくっついていた、ちなみに双方まったく関知しないらしい(左)
 この建物はリッチな方のお屋敷だそうで・・・(右)

 ジャンカルロにはご馳走にもなったし、お世話になりっぱなしで、明くる日の夕方にはピネローロを出発!

 つづく

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